ブログの引越しです!
そんなこんなで(←どんなこんなやねん)
ブログのお引越しでござんす。
新しいブログは↓です。
勝のでんがなまんがな!(http://ameblo.jp/masarumatsumoto/)
皆様にお手数かけますがブックマーク等の変更よろしくお願いします。
引き続き新しいブログもご贔屓にして下さいな。
押忍!
松本 勝
そんなこんなで(←どんなこんなやねん)
ブログのお引越しでござんす。
新しいブログは↓です。
勝のでんがなまんがな!(http://ameblo.jp/masarumatsumoto/)
皆様にお手数かけますがブックマーク等の変更よろしくお願いします。
引き続き新しいブログもご贔屓にして下さいな。
押忍!
松本 勝
「只今より特攻します」
当たって砕けろ作戦でした。
別に軽い気持ちで「特攻」という言葉を使ったわけではありませんが
僕と44さんは特攻隊を扱った映画『The Winds Of God-KAMIKAZE-』で共演して以来の仲ですので
44さんへのアピールと僕自身への発破も兼ねて使いました。
じゃぁどんな風に当たって砕けるのか?
もう僕の地で行くしかない!
元請けさんからは標準語でと言われたが
前日の余りのしどろもどろ&英語の不出来がありましたので
まぁ正直な気持ちとしましては
「まぁ思いっきりめちゃくちゃやって それで怒られたらクビになって
ちゃんとした後任の通訳がくるやろ」
ぐらいの気持ちでした(44さんごめんなさい)
44さんに手短にメール送ってすぐにステージの時間。
その日はGT決勝日。
しかも2008年シーズン初戦!
ステージの時間は15分。
MCの本田祥子ちゃんに前日の僕の不出来を詫び
そして今日も難しい質問は出来るだけ振らんといてやと嘆願(苦笑)
祥子ちゃんはGTのみならず他の国内レースでも何シーズンもMCとして
舞台に立ってきた人なんでだいぶ甘えました。
んで今日の質問的な話はまぁ昨日と一緒でみたいな感じで話してるところに
Epson Nakajima Racingの中嶋悟監督とLOIC DUVAL選手が
ダンロップブース裏のテントにやってきた。
シーズン初戦決勝日でピリピリムードの中やってきた。
(実際本人達がピリピリしてたかどうかは分かりませんが
少なくとも僕たちはピリピリしておりました)
寡黙な監督とイケメンフランス人ドライバー。
そして英語がダメな通訳。
頼みの綱の日本人ドライバーは他のブースのステージへ・・・。
そんなこんなで44さんから簡単な気分で引き受けた仕事は
外国人レーサーの通訳というとんでもない仕事で
僕レベルの英語で太刀打ちできるもんではありません。
そもそも自分が今からどんな種類のレースに行くのかも知りませんでした(苦笑)
44さんに速攻でメールし
外国人ドライバーの通訳なんて聞いてないし
しかもステージ上でなんて出来るわけありませんやんと伝えたら
暫くしてメールの返信がありました。
「勝なら出来るさ グッドラック!」
出来るかいっ!(怒)
そのレースとはSUPER GT。
国内最高峰で人気もあるレース。
けど正直それまで全然知りませんでした。
中学の時にアランプロストが好きでF1よく見てましたがね。
そんでDUNLOPの担当チームが
EPSON NAKAJIMA RACINGとDENSO DUNLOP SARD SC430。
・・・中嶋レーシングって僕がずっとテレビで見て応援してた
日本人初F1ドライバー中嶋悟さんやんかぁぁぁぁぁ(絶叫)
こりゃぁメディアとかも結構くるんちゃうか?
そんなとこでレースの事もちんぷんかんぷんで
英語も小学生低学年レベルの僕が通訳なんかできる筈がない。
途端に胃が痛くなり
鈴鹿サーキットについた日のブースの設営作業は何をやったか
全然覚えてません(苦笑)
ステージ場の通訳だけではなく店舗の設営から
大会当日の運営業務もこなしての通訳ステージ。
めまいがしました。
四日市公演が決まり仕事の予定が入ってなかったので
大阪の実家に戻り整体や耳鼻咽喉科に行って
体のケアをしてました。
そんなある日いつものように44さん(44北川)から仕事の打診メールが。
内容はいつも通り何月何日からどれぐらいの期間かは
現場によって違いますけど
その期間が空いてたらその仕事を請けるという
言わば派遣業みたいな感じで
去年はなんとかええ感じでお芝居でお金も頂けましたが
ずっとは続かず
そんな時に44さんが紹介しくれる仕事は非常にありがたいんです。
ただ拘束期間が長いものとかは極力受けない方向できてました。
それは僕とか売れてない役者は特に
いつなんどき急にオーディションの話や映像の仕事の話が
舞い込んでくるか分かりませんので
常に臨戦態勢でいなければいけません。
バイトを入れるということはその日に役者の仕事が入ったとしても
断らなければならず
それこそ本末転倒でござんす。
けど仕事をしなけりゃ生活は出来ず
役者の仕事が無けりゃ他の仕事をしてでも食いつながなくては生きていけません。
そんな立場ですから
同じ役者仲間であり良き兄貴分である44さんは
その辺の理解をしてくれてまして
大概のわがままを聞いてくれたりします。
まぁその分44さんが大変になる時が多々ありますけど(笑)
話を戻しますと
その時打診を受けた仕事の拘束期間はほぼ1年間。
3月から11月まで。
まぁ1ヶ月のうち3日間の拘束なんですが
やっぱり先のほうまでイベントの仕事の予定入れるのはどうかと
抵抗感もありましたが
その時に限って44さんからどうしても出て欲しいと。
これ珍しい事なんですよ。
ずっとメールの内容を読むと
どうやら元請けさんの上の人が直々に僕をご指名だそうで。
そこの仕事は2年ぐらい前に一回やったきりでしたので
正直えらいさんが覚えててくれた事に吃驚でした。
大分で仕事中に親友でありミュージシャンの
書いてる内容見て思わず休憩中に飲んでたお茶を吹いてしまいました(笑)
えーマジで実現するんかいな?とドキドキしながら
20日に大分から帰ってきまして
ワクワクしながら下北沢の440というライブハウスに向かう。
客はまばらである。
勿論月曜日にライブハウスで大入り満員でやってる
対バンでやってるアマチュアバンドはそんな居ないし
まぁ普通の光景である。
そうあの瞬間がくるまでは・・・。
cast
土井あかね
萩原大介
宮 武弘
他
普通世間一般的に「他」はその他であって
その他とはその他大勢を意味する「他」であります。
僕はお客さんの反応が観たくて
前の方の席でしたが
何度も振り返ってました。
そして登場しました。

今日から3日間阿蘇の近くのサーキット場で
仕事でござんす。
そういえばteam44の仕事で
今年は全国各地のサーキット場を巡ってますが
具体的にどんな仕事してるかは
話の途中でしたな(笑)
まぁゆっくり書く時間がないので
東京に戻ったら書きますが
流石熊本は気温も高めですな。
快晴ですし
このサーキット場の仕事では
予報を覆し毎回雨が降るので
見事に今年から参加してる僕のせいにされてまして
雨男のレッテルを張られてますので
この3日間は今日みたいな快晴を期待しましょかね。
僕がNYで勉強してた頃
フランスはパリから17歳の彼はやってきた。
歌手を目指してるんだと熱く語った彼は
当時既にNYでブルースやジャズのジャムセッションに参加し
ステージ歌う僕にいつでも付いてきた。
21歳以下は入れないバーでも
入り口の門番に「Masaruの弟だ」と告げると
入場できた時代(もう時効ですよね?)
それから年に一度ぐらいの割合で日本に遊びに来た。
ルイスは特に下北のネバーネバーランドと
三軒茶屋のアイスナインの店員と常連客によくしてもらい
パリから来るたびに日本を好きになって帰った。
今日ふとパソコンのデータを整理してると
ルイスの写真やらその当時歌ってたファイルが出てきた。
もう2年ほど連絡はないが元気でやってると思う。
今年は44さんのイベントの仕事で
月一ぐらいでフランス人のレーサーと一緒に仕事をする機会があり
彼と喋るたびにルイスの事を思いだす。
いまルイスは何をしてるんだろか?
毎年国際電話で何かあるたびに電話してたが
去年の産隆大學応援團の神戸公演終了直後に
僕の操作ミスのせいでデータが全部消えてしまい
ルイスの連絡先が全部消えた。
誕生日に日にメールを送ると
いつの間にかメールアドレスが変わってた。
いまどうしてるのかなルイスは?
Louis Coumian
誰か連絡取れたら勝が久々に話したがってるし
会いたがってると伝えて欲しい。
そんな彼の曲は本当に素敵で
聴く者皆が売れるのは時間の問題やと
思わせるぐらい素敵な才能の持ち主だ。
以前テイ龍進と共に撮影したインディーズ映画
「路地裏的脱皮」ではルイスの曲を挿入歌に使用した。
今聴いても素敵である。
誰かルイスの所在や今どうしてるか分かったら
彼に伝えて欲しい。
「勝も役者として頑張ってるからお前も頑張れよ!」
そして
「たまには連絡してこないと心配性の兄貴が困ってる(笑)」と。
写真はいつかのアイスナインにて。