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2008年5月24日 (土)

頑張れ でぐさん!負けるな ひぐっつあん!

僕が音楽を始めるきっかけになった
日本を代表するバンドLOUDNESSのドラマー樋口宗孝さんが
病気療養の為入院中である。
病気は癌とのこと。

なんとしても癌を克服しまた強烈でカッコエエドラムを大勢のファンに魅せて欲しいなと。

癌なんかに負けんといてや ひぐっつあん!

LOUDNESSを初めて聴いたのは中学3年の修学旅行での道中で幼馴染から聴かされた。

当時バンド音楽が好きなヤツは大概BOOWYが好きで
フォーク音楽なら長渕剛、
女の子は光GENJIってな時代でした。

僕はTOMCATとCCBが好きでしたが
どっちともその頃は下火というか全然ダメになってまして
修学旅行ではずっとキョンキョンを聴いてました。

そんな時に友達から「これ聴いてみろ!」と渡されたテープが
LOUDNESSの 『THUNDER IN THE EAST』というアルバムでして
聴いた瞬間頭がぶっ飛んだというか
今まで僕が聴いてきた音楽はなんだったのか?とさえ思えるぐらい強烈でして
こんなかっこええ音楽が世の中にあったなんてと
ただただ脱帽でした。
歌が英語やったので初めはラウドネスさんという外人のシンガーやとかん違いしたぐらい
ジャパニーズメタル(所謂ジャパメタ)を知りませんでした。
まだX JAPANが世に出てくる前でした。

バンドをやりたくて
自分らもこんな人たちみたいになりたくて
元々其々の兄姉の影響で楽器を練習し始めてた幼馴染たちが集まって
バンドをやる事になった。

ちょうどその頃ラウドネスの新譜が出て大阪城ホールかどっかでコンサートがあるというので
前売り予約して楽しみに待ってたんですが
Voの二井原実さんが突然の脱退というニュースが飛び込んできて(これはマジでショックでしたね)
チケットは払い戻しというとんでもない事態に。

僕としては本当に幻になった1988年の出来事でした。


それから2001年になったときに
ラウドネスが第一期のオリジナルメンバーで復活!
その復活ライブを観た時は
ほんまに全曲一緒に歌いながら涙が出ました。

寿命で死ぬまでとことんロックをやってもらいたいから
癌なんかに負けずにまた生でひぐっつあんのドラムが観たいんです。


そんなひぐっつあんに憧れてたのが僕の幼馴染であり
初めにバンドをやり始めた時のドラマーである でぐさん。

でぐさんはひぐっつあんのワンバスの拘りに憧れ
周りが皆ツーバスに変えていくのを最後までワンバスでやってたね。
15歳の頃僕の周りではクレイジードクターって曲のバスドラをワンバスで
もたつかずちゃんと出来たの、でぐさんだけやったな。
体めっちゃチビやのにひぐっつあんに憧れて
ごっつ大きいインチのバスドラ使ってたな(笑)

一緒にプロになろうなとやり初めたが
その時バンドやってたメンバーは皆紆余曲折あり
僕がアメリカ行ってる間に夢を諦め就職した。

そんな中で僕はどうしても才能があったでぐさんには
プロ目指してずっとドラムをやってもらいたかったので
僕自身まだまだだが
でぐさんに真剣に東京に行こうと誘った事もあった。

けどその時にでぐさんの今置かれてる立場や境遇なんかを聞いて
僕がどんなに真剣だろうと
とても誘える状況ではないと諦めた。

そんなでぐさんがやっとこさ何年か前に結婚した。
奥さんは子供が出来にくい身体であったが
苦しい生活の中で2人で努力してやっと待望の赤ちゃんが生まれた。

産まれてすぐ僕の携帯に電話があって

「まっちゃん産まれたで!女の子やわ!」

涙声で勢いよく話すでぐさんの声に僕ももらい泣きしてもうた。


僕が役者として初めて関西の地で演じた舞台『産隆大學応援團』は
子供が生まれたてで預ける人も居ないので
観には来なかったが
僕を激励し子供の顔を見せたくて挨拶する為だけに
大阪から神戸まで来てくれた。
残念ながらタイミングが合わず合えなかったが
電話で話しして元気をもらった。

それからツアー終わって去年沖縄の後ぐらいやったか
大阪に帰った時にでぐさんと2人で久々に夕飯食べた時に
でぐさんから奥さんが癌になった事を聞かされた。

目の前で落ち込むでぐさんになんの言葉もかけてあげられへんかった。

進行性の癌でめちゃくちゃタチが悪いらしく
医者からそう告げられた奥さんは
最初自暴自棄になって自殺まで考えたそうだ。

そんな奥さんにでぐさんもなんの声もかけてあげることが出来ず
1人で死ぬのが怖かったら一緒に死んでやると言ったそうだ。

3人での一家心中である。

けどその時に無邪気に笑う子供の顔を見て
奥さんが母親として子供の人生を
親が奪ってどうするのかと思いとどまり
医者から厳しいと告げられた状況だが
頑張って治療を行ってるそうだ。

まだ乳飲み子の世話しながらの闘病である。
でぐさんはそれこそ馬車馬のように真面目に働いてるが
抗癌治療はそれはそれはめちゃくちゃ高額で
とても蓄えのない普通の運送の仕事ではやっていけないそうだ。
けど子供とその子供の為に生きようと努力する嫁の為に
ただ只管毎日働いてる でぐさん。

お好み焼き屋で僕がビールを奢った。
久々の酒やったらしくとても美味しそうに呑んでいた。

僕が有名でお金持ってたら
治療費応援してやれるのになと語る僕に
今日奢ってもうたビールで十分やと笑うでぐさんの顔は忘れられない。

僕とでぐさんは同級生で同じ誕生日である。

今年はなんだか怖くて電話出来なかった。
来月頭に大阪にちょっとだけ帰るので電話して会おうかなと。

苦しい状況やけど頑張れ でぐさん!

押忍!

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コメント

病気との闘いは本人はもちろんですが、家族も精神的、体力的、金銭的にも大変ですよね。父が入退院を繰り返していた時、1年間に11回危篤になりました。ある時、父が家で一人いた時に倒れました。意識が遠のく中で『あぁ、これで楽になれる。周りに迷惑もかけなくて済む』って思ったそうです。

でも、奥さんが帰宅した時に冷たくなった自分を発見するなんて可哀相だって気付き『生きなあかん』って思い直したそうです。それで父は携帯で父の弟に連絡し、弟は救急車の手配をしながら家に向かいました。救急車が来た時には意識もなく父は危ない状態でしたが、本人があの時諦めていたら助からなかったと思います。

その父が何度目かの危篤の後、『死にたい』って言ったことがありました。奥さんから連絡を受けてすぐに病院に行きました。私に『死にたい。でも、窓から飛び降りることも出来ひん。自分で死ぬことすら出来ひん。周りに迷惑しかかけられへん』ととても辛そうに言いました。その時の父は自分で寝返りすら出来ない状態で集中治療室にいました。奥さんが毎日頑張っているのに、何も出来ない自分が辛かったんだと思います。

『生きたい』と本人が強く思うことが、結果的には周りの支えになっているんですけどね。

勝さんのお友達家族に笑顔の日々が続きますようにshine

投稿: あい | 2008年5月24日 (土) 12時20分

まさるさん、こんにちは。
今日の お話は 胸にしみました。
涙がでるけど、なんの涙か、悔し涙か、無力なことを痛感する 自分にですね。
病気と向き合うとき ほんとうに強くなれるのか 少し不安ですが・・、まさるさんのお友達の奥様も やはり母親の愛情が 病気を超えるほどの大きいものなのですね。
母親というものは、病気になってしまった自分が辛いというよりも 残して行かなければならないとしたら 子どもが不憫で 夫が可哀想で と思ってしまうものなんですよね。
一日でも多く お気持ちにかなった生活が送れますように 心からお祈りします。
お友達は、今 必死で働いておいでのよう がんばれ!って 気持ちを送ってあげるのが一番の友達で。 もしも、彼が ちょっと弱音や 愚痴を言いたくなったら、そんなときこそ だまっていくらでも聞いてあげてくださいね。
きっと たまってるはず、我慢しないほうがいいよって いっしょに泣いてあげるのも いいんじゃないかな。

投稿: ひなきちママ | 2008年5月24日 (土) 18時11分

そんな状況やったなんて知らんかった…。
いつも皆の前では明るいでぐさんを、そのまま受け取って『楽しい人やねん』って自分の妻に紹介してたんが恥ずかしいわ。
俺なんかに出来る事は何も無いかも知れんけど、協力出来る事が何かあれば俺にも声をかけて下さい。
頑張れ!でぐさん、奥さん!

投稿: マキ | 2008年5月25日 (日) 14時19分

ごめんなさいね!
なんだか私の時の事とダブッてしまって… 今は、コメント書けなくなってしまいましたweep また後日にでも…

投稿: てるみん | 2008年5月25日 (日) 22時28分


>あいさん
周りは応援してやることしかできんですが
本人の生きるということに対して
何を糧に病魔と闘っていくのか・・・
痛みやほんまの気持ちは本人にしか分かりません。
けど応援する側はずっと生きてて欲しいと願う・・・
それしか出来ません。
頑張って欲しいですね。

>ひなきちママさん
子を持つ女性の強さ。
僕はそんな彼女の生命力に期待し
回復を願い応援するだけです。
こういうとき男って・・・って考えてましたが
再び大阪で友人に会った時に
嫁が頑張れるように苦しい生活ですが
回復を願い一心働き
生活してる彼の男としての覚悟を決めた
顔をみて
きっと奥さんは回復しはるんやと
思いました。

ほんなきつい状況やと思いますが
必ず良い方向にいくと信じてます。


>マキ
まぁそういう事やねん。
会う機会が合った時には
でぐさんを応援して盛り上げてやってくれ。


>てるみんさん
手紙ありがとうございました。
そしてちゃんとでぐさんに渡しましたからね。

投稿: | 2008年6月10日 (火) 00時06分

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